【対談】「ないなら私がやるしかない」 乳がんサバイバーが地元で患者会(居場所)を立ち上げるまで
がんという病気は、多くのものを奪っていくように見えます。
しかし、失ったもの以上に、得られるものもあります。
それは「仲間とのつながり」や「新しい生きがい」です。
今回の対談のお相手は、福岡県田川市で「なないろ」を立ち上げ、
精力的に活動されているちっちさんです。
「地元に患者会がないなら、私が作るしかない」 そう決意し、
ゼロから居場所を作り上げた彼女の行動力の源泉と、がんになって変わった価値観についてお話を伺いました。
1. がんになって変わった価値観:「私らしく生きる」
乳がんに罹患したことは悲しいことですが、だからこその「気づき」がありました。
以前は「女性として欠けてしまった」という喪失感にとらわれることもありました。
しかし、仲間との出会いを通じて、「そこは重要ではない。私らしく生きていくことの方が重要だ」と気づけたのです。
多くの素敵なご縁に恵まれたこと。それが、私の価値観を大きく変えてくれました。
2. 行動力の源泉は「つながり」から
ちっちさんが活動を始める大きなきっかけとなったのは、
BEC(乳がん体験者コーディネーター)養成講座や
Over Cancer Together(OCT)といったプログラムでの「出会い」でした。
がんになっても声を上げ、世の中を変えようとしている同期の仲間たち。
その姿を見て、「みんなが頑張っているから、
私も頑張ろう」「私は一人じゃない」と思えたことが、活動のモチベーションになっています。
もし、そこで仲間と出会っていなければ、地元で活動することはなかったかもしれません。
3. 「ないなら作る」 患者会立ち上げの経緯
地元(田川市)には、同世代の乳がん患者が集まれる場所がありませんでした。
コロナ禍ということもあり、病院の患者会も休止中。
相談支援センターに聞いても復活の兆しはない。
「つながりたいのに、つながれない」
その孤独を知っているからこそ、ちっちさんは決意しました。
「ないんだったら、私がやるしかない」
社会福祉協議会に飛び込み、熱意で会議室を借り、ゼロから「お話会」をスタートさせました。
今では、「なないろ」という団体として、
講演会、各種講座、お話会、ケア帽子作りなど、多岐にわたる活動を展開しています。
久田邦博からのメッセージ
0から1を作るというのは、並大抵のエネルギーではありません。
ちっちさんの行動力は、多くのサバイバーにとって希望の光です。
「何かやりたいけれど、どうすればいいか分からない」
そんな方は、ぜひこの動画を見て、最初の一歩を踏み出す勇気を受け取ってください。
しあわせです感謝
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