【講演録】がんサバイバー薬剤師が語る「患者学」。教科書にはない、共感とコミュニケーションの本質
この記事は、がんサバイバーであり薬剤師の久田邦博による「患者コミュニケーション」に関する講演録である。がん告知後の心理状態を「枯れる時期」「根を張る時期」「新芽が出る時期」の3段階で定義し、医療従事者に求められるのは安易な励ましではなく、沈黙や苦痛を受け止める「聞く力(共感)」であると説く。また、患者を一人の人間として見る「人メガネ」の重要性や、トータルペイン(全人的苦痛)の実体験についても詳述されている。
はじめに:24年間のサバイバー経験から伝えたいこと
「がんになった」 その事実と向き合い続けて24年が経ちました。
私は現在、薬剤師として働きながら、がんサバイバーのオンラインサロン「がんサポ喫茶 止まり木」を運営しています。
週末には忘年会で「今日に死なないでね!」とブラックジョークで乾杯し、笑い合う仲間たちがいます。
しかし、皆さんが抱く「がん患者」のイメージはどうでしょうか?
今日は、教科書やドラマでは描かれない、患者のリアルな心の動きと、
医療者に本当に求められているコミュニケーションについてお話しします。
1. 「患者メガネ」を外し、「人メガネ」をかける
まず、皆さんに問いかけたいことがあります。
「傷んだリンゴ」を見た時、皆さんの目はどこに行きますか?
多くの人は、黒く変色した「傷」の部分に目が行くはずです。
これは人間が異常を察知する防衛本能なので仕方のないことです。
しかし、医療現場でこれをやってしまうとどうなるでしょうか?
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「がん患者」というレッテル(傷)だけでその人全体を見てしまう。
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その人の「元気な部分」「その人らしさ」が見えなくなる。
ある認知症の方が私に教えてくれました。
「患者として見られたくない。人として見られたいんだ。
どうか『患者メガネ』を外して、『人メガネ』をかけて接してほしい」
私たち医療従事者は、病気(傷)を見つけるプロですが、
それ以上に**「その人全体(リンゴ全体)」を見るプロ**でなければなりません。
2. がん患者が抱える「3つの苦しみ」
私が38歳で慢性骨髄性白血病と診断された時、役割(仕事、父親、夫)がすべて崩れ去るような恐怖を感じました。
がん患者の苦しみは、身体的な痛みだけではありません。
トータルペイン(全人的苦痛)の視点
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死に対する不安(スピリチュアルペイン):自分は助かるのか? なぜ自分が?
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お金の問題(社会的苦痛):治療費は? 家族を養えるのか?
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生きがいの喪失(精神的苦痛):キャリアも夢も終わったのか?
私が気づいたのは、「患(わづら)う」という字から、心にかかった濁点(悩み)を取ると「感謝」になるということ。 患者さんが濁点を取って感謝にたどり着くまでの道のりを、どう支えるかが私たちの役割です。
3. サバイバーの心の軌跡:3つのステージ
私の24年間は、一直線に回復したわけではありません。大きく分けて3つの時期がありました。
① 枯れる時期(告知直後〜)
「魔の2週間」と呼ばれる時期です。告知を受けた瞬間、ネットで検索し、絶望し、映画館で子供を見て涙が止まりませんでした。「なぜ僕が死ななきゃいけないんだ」。この答えのない問い(スピリチュアルペイン)に押しつぶされそうになります。
【医療者へ】 この時期に必要なのは「励まし」ではありません。ただただ、その重い苦しみを**「聴く力」**です。
② 根を張る時期(治療開始〜)
「死ぬまでは生きているんだ」と気づき始めた時期です。3年半しか生きられないかもしれないなら、今を4倍速で生きよう。ゲームに没頭したり、やりたいことを探したり、モヤモヤしながらも「生きる意味」を問い直す期間でした。
③ 新芽が出る時期(転換点〜)
ある日、新入社員の研修を任された時、「彼らの記憶に残る存在になりたい」とスイッチが入りました。自分の経験を社会に還元し始めた時、人生が好転し始めました。
4. 医療者に求められる「共感」の技術
私が治療の中で最も救われた瞬間。
**「自分で自分の腹に注射を打つ」**という恐怖に直面し、手が震えて動けなかった時のことです。
目の前の看護師さんは、私になんと言ったと思いますか?
「早くしてください」でも「大丈夫ですよ」でもありませんでした。
「久田さん」 「皆さん、最初はためらいますよ。やっぱり怖いですよね」
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名前を呼ぶ:フリーズした思考を現実に引き戻す。
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共感する:恐怖を否定せず、受け止める。
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待つ:「久田さんのタイミングでいいですよ」と委ねる。
この一言で、私は震えが止まり、覚悟を決めることができました。
医療コミュニケーションの本質は、流暢な説明ではありません。
「あなたの恐怖を分かっていますよ」というメッセージを、表情や声色、そして「間」で伝えることなのです。
おわりに:セルフイメージが人生を決める
10年目の生存記念日、私はホテルで「死ぬかもしれない」という激痛に襲われました。
しかし、「10年生きる目標は達成した。ありがとう」と感謝して手を合わせたら、
翌朝すっきり目覚めました。 それが私の悟りです。
かつて私は自分を「生きる屍」だと思っていました。
でも今は違います。
「がんサバイバー × 薬剤師 × 研修講師」
この3つを掛け合わせた、レアで価値ある存在だと自分を定義しています。
「がんになったらおしまい」という呪いをかけているのは、実は自分自身かもしれません。
これから医療者になる皆さんには、患者さんがその呪いを解き、
その人らしい人生を再構築するための「対話」を実践してほしいと願っています。
しあわせです感謝
「教科書にない患者学」を、あなたの学校・病院でも
この講演録でご紹介した内容は、久田邦博が語るエピソードのほんの一部です。
実際の講演では、その場の空気に合わせ、参加者の心に直接響く熱量でお話しします。
「学生に患者さんのリアルな声を届けたい」 「スタッフの接遇意識を変えたい」
そうお考えの教育機関、医療機関の皆様。ぜひ一度ご相談ください。

